今日からサンディエゴへ、映画祭と親戚探し〜。

今日からSan Diego Asian Film Festivalが開催します。

ということで、今日からサンディエゴ入り・・・といってもお金があんまりないので、もしかしたら毎日車で通うかもしれません(苦笑)

一通り、プロモーションもしたし、あとは本番を待つのみ・・・。というか、実はサンディエゴの映画祭の他にも、私には他にも目的があるのでした・・・。

それは、親戚探し〜。

うちの、ばあちゃんの、おとんの、いとこが戦後、サンディエゴで農園をやっていたとの事。40年前に三重の実家に訪問してくれたとか・・・。

そんな、40年前の話、何も残ってないじゃん〜、と思っていたら、今さっき発見しました。

http://www.jahssd.org/cgi-bin/page…

この”The Encanto Hill”の説明書きが、うちのばあちゃんと言っていた事と似ているし、ばあちゃんの旧姓の伊藤でもある。ということで、ウェブサイトの人に、いまさっき、メールしてみました。

まあ、ひいじいちゃんのいとこの子孫だから、あんまり関係ないと思いますが、いまはマゴの手を借りたい程、サンディエゴの観客動員したいので、親戚誘うぜ計画です。

お話によると、ばあちゃんは、ひいじいちゃんが、海軍の将校さんやったらしくて、東京育ちだけれども、実家が新潟。その実家が地主さんやったらしくて、仁三郎がサンディエゴに移住して、先に来ていた親戚と一緒にサンディエゴで農場を開いたとさ。

そんでもって、その人が40年くらい前に、三重の実家に来たんだけれども、うちのばあちゃん、家の父ちゃんや、おばちゃんの子守りで忙しくておもてなし出来なくて、仁三郎さんは日帰りで帰ったそうな。

人生はおもろいですな〜。

ちなみに、うちのばあちゃん。今は家はビンボーだけれども、ばあちゃんのおとんが(だから、私のひいじいちゃん)海軍の将校。

ということで裕福な家庭だったらしく、戦前、イギリス人の家庭教師に英語教えてもらってて、戦時中もこっそり英語勉強。

戦後、おとんがGHQに逮捕された後、家族を養うために、東京の焼け野原に張ってあった、外務省の通訳募集の張り紙見て、通訳として横浜の基地とかで働きだして、「週末は、基地の映画館で一日中映画見て英語勉強しとったんよ〜」と話を聞きました。

中学生か高校生のときにその話を聞いた私は「おおお、うちのばあちゃんすげ〜。」「じゃあ、俺もばあちゃんみたいに英語しゃべれるようになるぞ〜」と、留学するきっかけを作ってくれたのでもありました(無謀)。

とにもかくにも、期待しないで、今日からサンディエゴ、行って来ま〜す。