諦めない為に諦める事 – 直感 (Instinct) と直感 (Guts)

「本能」「直感的」と言う英語に「instinct」と「guts」という2つの英単語があります。

2つの言葉は、日本語訳では同じような意味になりますが、全然違う意味を持っています(と私は考えます)

な にか物事を決める時に、いろいろな客観的なデータを参考にして決めることも出来ると思われる人が居ると思いますが、私は、人が決断をする時は、客観的な データでも、他人のアドバイスでもなく、上記の「instinct」か「guts」の2つの直感で最終的に決断をすると考えています。

人は、その時その時に、重大な決断を迫られる時があります。

それは、スポーツマンでも映画制作者でも経営者でも同じことでしょう。

.

.

========================================
■ 「決断」が忍耐力に
========================================

私が、「決断」を意識しだしたのは、アメリカに留学をする時でした。

アメリカで映画制作の勉強をして、映画を作ってやるという決断です。

高校2年の時にその決断をしてから、結構理系な頭をしていたのに、進学コースを一番簡単な私立文系にしました。

後に引けない様にする為と、アメリカは大学を卒業するのが大変なので、高校の時は楽をしようという事(苦笑)と、最後まで部活活動をしたかったからです(陸上部に11月までいました)。

ウチの高校は、けっこう進学校だったので、半強制的に模擬試験を受けさせられていましたが、私はそれを蹴って、陸上の練習をしているか、アメリカ大学入学に必要なTOEFLを受けに行くかのどちらでした。

先生や親の反対する声に耳も傾けず、自分を追い込んで行きました。

これは、ある意味、自分が陸上の長距離の選手であった事が助けてくれたかもしれません(んで、その時は今より15キロ以上痩せていましたが・・・。)

一日に30−40キロ走っていましたので、その時の忍耐力が自分の精神力となったと思っています。

ただ、3年生の学園祭の時に、ウチのクラスが最優秀賞をとってみんなでカラオケに行っている間に、1人抜け出して、 TOEFLのテストを受けに行かなくては行けなかったのはむなしかったですけれどね〜(苦笑)

でも、今となっては、その時の経験が、自分の忍耐力・精神力をつけるための良いトレーニングになったと思います。我慢する事を学んだと思います。

他の人とは違う道を選んだので、他の人には振り回されず、自分が信じた道をまっすぐ向かうという決断力を得られたと思います。

.

.

========================================
■ 「決断」がマネージメントスキルに
========================================

第2の決断は、自分で英語の映画を作ろうと思った時です。

当時は、サンタモニカカレッジの学生でした。私は残念ながら学力が足りなかったので、短大に行き、そして4年制大学に転入するという道を選びました。

(本格的な映画制作は、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に転入してからの事です)

ということで、短大時代は、一般教養をつぶすだけの生活でしたが、短大の映画サークルに入ることにしました。

まあ、サークルですので、皆が好き勝手に映画を作っていたのですが、中には数十万単位で映画を作っていたメンバーもいました。

そして、卒業する最後のセメスターで、自分も映画(ショートフィルム)を作ると決心をしたのです。

1年ほど、ストーリーの構成を考えていましたが、クリスマスイブの日に、「ピン」ひらめいた時に一気に英語で脚本を書きました。

それから、映画サークルで一緒に知り合った友人たちの助けを借り、5日間で撮影です。


撮影したのは7年前です。

そして作ったのがこの作品。24分の短編ダークコメディー映画です。

● Life After
http://deerstudio.com/lifeafter/

正直言って、愚作です(苦笑)

やはり脚本は英語がきちんとできないといけませんね。今、この映画を見ると、英会話の教材ビデオ並みの英語の遅いスピードなので、ストーリー展開のテンポが遅すぎる。

○○○万円かけちゃいました。

しかし良い勉強になりました。

それは、映画制作の経験もなのですが、一番の収穫は、「自分のプロジェクト」だったことです。

独立・起業したり、自分で新しい事業をするという決断は、自分の中から出て来ます。

学校の課題や、会社で上司から指示されるのとは全然違います。

そして、自分でスケジュールを決め、人を集め、予算を組み、実行する。

映画制作は、会社を作って事業をするのと結構似ているのです。

そ れからは、主に他のプロジェクトのスタッフとして働いているのが主ですが、短大のときに参加した映画サークルでの経験と、自分で映画を作ると決め、そして 自分でプランを立て実行して行く・・・。これは、映画のみならず、私が起業した時、Usagi Project で concrete5 日本語プロジェクトの立ち上げに生きています。

.

.

========================================
■ 現実よりもリスクの「決断」
========================================

次の決断。それは、私が携わった初の長編映画「Asian Stories」での決断です。

大学を卒業し、私が2番目に働いた長編映画です。最初はサウンドミキサーとして撮影に参加させていただきましたが、後々、プロデューサーになって制作自体にも参画してほしいとの要望がありました。

実 はその時、「普通に会社に就職しようかな〜」と思っていたので、いろいろ、普通の会社の就職先を探していました。某ハリウッドの中堅スタジオにインターン をしたり、日系の番組制作会社へインタビューに行ったりもしていたのです。また、ドキュメンタリー系が強い制作会社のポストプロダクションのスーパーバー ザーになってほしいとのオファーもありました。

就職 = 他の人のプロジェクトを働き続ける = 安定収入
プロデューサー = 自分の作品を手がける = 売れなかったらおしまい = リスク

という選択を迫られたのです。

私が決断した事。「自分がプロデューサーとなって長編映画作品に携わる事は滅多にないだろうし、失敗しても良いからやってみよう〜」

ということで、長編映画のプロデューサー(正確にはアソシエイトがつきますが)になったのです。

安定収入よりも、自分の直感 (instinct) を信じて行った決断でした。

.

後で気がついた事があります。

「長編映画は時間がかかる」

です。

撮影から編集、最初のプレミアまで、ほぼ1年。監督やメインのプロデューサーは2年。

収入なしです。

しかし、収入がほとんどなくても何とかなるもので、迎えたロサンゼルスアジア映画祭 (VC Film Festival)のワールドプレミアでは、800人のシアターが満員御礼。そして観客賞をとる事が出来ました。


実はそのワールドプレミアから実際に劇場公開、DVD発売までに2年かかっています。

運良く、主演であった、James Kyson Lee が、日本でもおなじみの NBC ドラマ 「HEROES」で、アンドーの役をしとめ、ちょっとばかり有名な俳優になったことが幸いしました。

これは、彼が無名だった時代に監督の先見性があった証拠だと思います。監督もある意味リスクを覚悟して、彼の可能性に賭けたのです。まあギャンブルと言っても良いですけれどね。

リスクをとり、ひもじい思いをしながらも、可能性を信じてやり遂げることを学びました。

.

.

========================================
■ 日本に帰る「決断」
========================================

実は、2年前、日本に帰って来たのは訳があります。

就労ビザが切れたからです。

ここで、私が考えられる選択は3つありました。

・日本に帰る
・他の方法で居る事を考える
・不法就労者としてアメリカに居続ける

です。

ということで、何となく手伝っていたヒューストンの出版社の経験と、上記の「Asian Stories」の不思議なつながりで、ロスのエンタメ情報誌に勤めだし、いろいろ就労ビザの手を打つ事にしました。

しかし2006〜2007年、アメリカは結構景気がよく、就労ビザの競争率が激しくなり・・・

・日本に帰る
・不法就労者としてアメリカに居続ける

の2つを選択しなければ行けなくなりました。

ここで、考えたのは、「将来、自分で映画を作る為には、アメリカの場合、会社を起すしかなく、もちろん不法就労だと会社は設立出来ない。」

ということです。

不法就労で居続けるリスクをとるか、ここは諦めて敗者復活戦を臨んで諦めて日本に帰るかです。

ということで、決断するのにめちゃくちゃ苦しみましたが、私は敗者復活戦をいつしか達成しようと、帰国する道を選びました。最終的な判断は・・・

「違法はいかん」

です。

日本に帰る日は、本当に悔しかったのを覚えています。

「我慢」の意味合いが強い 「直感」(guts) を信じての の決断でした。

.

.

========================================
■ 挫折を勝機に変える
========================================

日本に帰国してから2年。

最初の数ヶ月はぼーっとしていました。

日本に帰って来ても、ロスから長編映画への誘いがあり、それを断らなくては行けない悔しい思いもしました。

ただ、やはり、日本に帰って来ても一緒に仕事をして欲しいと思ってくれている人に恵まれていて本当に光栄です。あとインターネット。

日本に帰って来てからも、3本の長編映画の編集の仕事を頂き、日本の地方でもアメリカの映画製作に携わる事が出来ています。

また、日本の方が近いという事で、インドネシアにサーフィンのドキュメンタリー撮影にも誘ってくれたり、地理的条件が有利になったこともあります。

そして、いつのまにか、ソフトウエアの日本のプロジェクトリーダーになり、全国各地の方といろいろ知り合うことができる機会も与えていただきました。

.

.

========================================
■ 諦めない為に諦める事
========================================

実は今日、ある決断を迫られました。

別に、今まで私がして来た決断に比べては大した事がないんですが・・・。

とにかく、私は

・可能性を信じてリスクをとる決断
・諦めない為に諦める決断

のどちらか2つになる様にしています。

そして、特に、「諦めた」時は、次に向かう為に諦めた様にする為の努力をします。

どんな事にも、決断をしてから、実際の結果がわかるのは後になってからです。

.

.

ということで、今回は、規模は小さいですが・・・

・可能性を信じてリスクをとる決断

をとらせていただきました。この結果は後々に分かるでしょう〜。

.

.

ということで、今月は結構頻繁にブログを更新して来ましたが、そろそろ始めなくては行けないので、しばらく、更新のペースを落とします〜。

申し訳ないですが、しばらく、お知らせ中心の更新になってしまう事をご了承下さい。